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枢やな画集 黒執事2
枢やな画集 黒執事2 (JUGEMレビュー »)
枢 やな
なにこれ見たことないんですけど!?という一枚は良く見たら描き下ろしって書いてあった。そうでございますか・・・ありがたやありがたやと思わず手を合わせてしまう一冊。一冊目より最近の絵が多いので期待してましたが期待以上だったそしてアニメイト特典がまたすごかったありがたやありがたや。
今年はまたミュージカルあるしね! 誌上先行当たったことないけど当たりますように!
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ある意味秘伝なのですによせて。

 「才がある」、「才がない」と言う話をする場合、その前に「天賦の」をつけるかつけないかで話の方向性がだいぶ違っていくものだと思いますが、例えその前に「天賦の」が付かなかったとしても、私にとって「才がある」人というのは、「自ら動き、学び、物にし、発展し、一定の評価を得られる程に成長し、その結果・・・良くも悪くも目立つ人(笑)」ということになり、そういう人は往々にして誰かに師事することなくストイックに道を切り開く人であり、そういう人間は新たに何かにチャレンジしようと思ったときでも安易に、

「うまくやるコツはなんですか?」

 などと他人に尋ねたりはしないものです。
 それを自らの手で探り出し切り開ける人だから才があると評価されるのです。
 まぁ、だからあれだ、これをやってしまう人というのが私にとっての「才がない」人ということになりますね。才能を甘く考えている。何かヒントやアドバイスをもらえるだけでどうにかなるのはコナン君の推理だけです(笑)。
 その人が時間もお金も情熱もかけて築き上げた今の状況を、たった一行の質問で評価するような、そういうことがよくできるなと思うわけですが、そして、私の周りの私が「才がある」と尊敬している方々のところには、こういうスットコドッコイな輩がそれはもう気軽にメールをよこしたり拍手で質問したりする、らしい。

 美味いと評判のうなぎ屋に入って、

「美味しかったんでタレを分けてください」

 というくらいにはスットコドッコイだと思うのですが、スットコドッコイなだけにそういう認識はない、らしい。強面のオヤジではなく、当たりも物腰も柔らかな女性というだけで、いきなり間合いを詰められてもねぇ・・・外見やサイトからのイメージとは関係なく、腕がいい人は皆職人です。職人の仕事は修業がつきもの、まずは皿洗いから始めてキャベツの千切りまで行くのに何年もかけるもの。人に聞く前に、自分が少しでも努力をしたことがあるのなら、才能がある人の時間を、バカげたメールを読んでもらうために無駄にすることがどうしてできようか。
 そして職人というものは、そこに至るまでに費やした大切な技術を、そう易々と他人に明かしたりはしませんし、明かしたかったとしても、職人自らが誰かに師事した伝統の技というものではなかった場合、自分が持てる技術を教える才まで持っているとは限らないのです。やりたくない場合もあるでしょうが、やりたかったとしても教えられるものとは限らないのです。さらに言うと・・・メールで・・・なんて・・・無理でしょ(笑)。そもそもテキストで学んだ技術でもセンスでもないんですから。皆身体で、感覚で覚えてるんです。音感がいい人には正しい音がわかるのに、そうでない人にわからないのと同じように、出来る人には一切の作業工程がほぼ感覚的に行えるので、誰かに教えるのは大変な労力を要するものだと思います。その人にしかできない、というのは、そういうことなのでは。文章で全部書き記す時間があるのなら、新しいものを作りたい、それが職人です。
 万が一、教えることがあったとしたって、それはきっと職人自らが「この人に教えたい」、と思わなければしないはずです。弟子ってなぁそういうもんなんじゃないんですかねぇ。

 大体、自分のために時間を割いてもらえるなんて、どうしてそんなこと思えるのかがまず謎です。その人にとっては存在すら知られていない自分のために、誰かが何かを、自分の時間を割いて? してくれる? ないでしょ。なさすぎるでしょ。自分だったらそれをするのかねぇ。セールスで「マンション買いませんか」って電話がかかってきたら「けっこうです」って展開と、「教えてください」メールは大差ないですよ。
 何かをしてもらいたいと思うのなら、少なくとも相手にとって自分が価値ある人間になってからじゃないとそんなこと恥ずかしくて言えませんよ。相手がお金取るってんなら話は別ですよ? でもそうじゃないなら、相手が「この人のために何かしたい」と思ってくれるくらいの努力はして欲しいものです。誰かに何かしてもらうというのは、そんなに簡単なことじゃないはずです。もちろん、緊急事態のときはそんなことないですけど。震災の助け合いは絶対です。

 才能がない人間は、才能がある方に認められたいのなら、一番やってはいけないのが、その人の時間を無駄にすることです。無駄にしない唯一の方法は、その人に認められること。相手が自分を知っていて気に入ってもらえたら、時間を割いても相手もそれが無駄とは思わないでしょう。でもそうでないなら、正直「鬱陶しい」だけです。
 じゃあどうしたら認められるんですか、って話になりますが・・・それは・・・認められたらわかるのです(笑)。
 
 て、まぁ・・・私がこんなことが書けてしまうのは、私自身が「教えてください」なんて聞かれないからです(笑)。実際聞かれても困りますけど、「やればできるんじゃないですか? やる気があれば」(イノキ的発想)くらいの返答しかできませんよ。私はテキストを一切読んだことがありませんしね・・・。全て自己流の行き当たりばったりですから。
 私の周りの才ある方々はみな思慮深く、心優しく、常識もある大人なので、思っていることを思ったように吐き出したりはしないので、私が考える職人の心情というものをおこがましくも語ってみたりしましたが、具体的に誰かの代弁ということではありません。よく聞くんですよ、こういう話を。そして皆様一様に、

「なんて返事しよう・・・」

 って、思い悩んでいらっしゃるわけです。
 その時間がもったいない、と・・・一番近いとこで見てるファンである私がしょっちゅうそう思ってしまうので、あんまり師匠方の時間を無駄にしないでいただきたいと思うわけです。才能がある方は皆、真面目だからこそ余計な負担が増えると色々大変なのです。安易なお願いが一番毒素が強いこともあるのですよ。

 私は〜あんまり気にしませんけど〜だから、聞かれないんですけどね(笑)。ようするにそういうこと。

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